チーフプロデューサー:佐野 元彦
原作:宮尾 登美子 「天璋院篤姫」より
脚本:田渕 久美子
| 主演:宮崎あおい (篤姫(あつひめ) 天璋院(てんしょういん) 篤姫は、薩摩・島津家のたった1万石の分家に生まれながら、 徳川家13代将軍の徳川家定の正室となった女性。 しかし、病弱だった家定は嫁いでから約1年半後に亡くなり、 篤姫はわずか23歳で落飾して「天璋院」と号す。 将軍の跡継ぎをめぐる幕府内の凄まじい抗争、 さらには、篤姫の故郷薩摩を中心とした反幕府運動の激化・・・。 篤姫は大奥を預かる総帥として、明治維新の動乱の中、 嫁ぎ先である徳川宗家のためにそして日本のために力を尽くした。 |
| 瑛太(えいた)※大河ドラマ初出演 肝付尚五郎(きもつきなおごろう)(小松帯刀(こまつたてわき)) 篤姫と同じ年に生まれた幼なじみで篤姫に思いを寄せている・・ 若いうちから薩摩藩の家老となり、西郷隆盛や大久保利通などを まとめあげる。あの坂本竜馬とも深い友情で結ば、薩長同盟も 小松邸にて結ばれた。 |
| 小澤征悦(おざわゆきよし) 西郷吉之助(さいごうきちのすけ)(隆盛(たかもり)) 明治維新最大の功労者の一人。薩摩藩下級武士の家に生まれるが、 島津斉彬に認められ、江戸薩摩藩邸のお庭番として、篤姫と定家の 婚儀をまとめた。その後、のち徳川慶喜、一橋慶喜を次期将軍に する為にがんばる。 |
| 原田泰造(はらだたいぞう)※大河ドラマ初出演 大久保正助(おおくぼしょうすけ)(利通(としみち)) 薩摩藩の下級武士の子として生まれる。若い時期にお家騒動に巻き込まれ 謹慎生活を送るが時の島津久光に認められ明治維新を成し遂げるため 活躍する。 |
| 長塚京三(ながつかきょうぞう) 島津忠剛(しまづただたけ) 篤姫の実父。島津御一門四家の一つ、今和泉島津家の当主。 病弱だが篤姫のことをたいそうかわいがった。 |
| 樋口可南子(ひぐちかなこ) お幸(ゆき) 篤姫の生母。薩摩の女として、武家の女としての生き方を篤姫に教える。 病弱な父に代わって家を取り仕切っていた。 |
| 岡田義徳(おかだよしのり)※大河ドラマ初出演 島津忠敬(しまづただたか) 篤姫の兄。二人の兄を若くして病気で亡くした。 篤姫に対しては優しい兄だが、薩英戦争では活躍した一人。 父を窮地においやった西郷にはひどく恨みをもっている。 |
| 佐々木すみ江(ささきすみえ) 菊本(きくもと) 篤姫の教育係。篤姫が島津斉彬の養女となることが決まったときに 篤姫に迷惑をかけまいと自害する。 |
| 春風亭小朝※大河ドラマ初出演 近衛忠熙(このえただひろ) 五摂家筆頭、近衛家当主であり、篤姫の3番目の父親。 |
| 沢村一樹(さわむらいっき) 小松清猷(こまつきよみち) 薩摩藩の名門の出身。篤姫や小松帯刀、忠敬らに学問を教えている。 海防のために向かった琉球で病死してしまう。 |
| ともさかりえ お近(ちか) 小松清猷の妹。篤姫とはなんでも話す中になる。 小松清猷の死後、7歳年下の小松帯刀を婿にいれ結婚する。 |
| 榎木孝明(えのきたかあき) 肝付兼善(きもつきかねよし) 尚五郎の実父。3男の尚五郎(小松帯刀)を小松家に養子に行かせる。 篤姫の父忠剛とは仲がよい。 |
| 的場浩司(まとばこうじ) 有馬新七(ありましんしち) 薩摩藩士。西郷や大久保をはじめ、のちの精忠組らと付き合い、 彼らの尊王思想に火をつけた。 |
| 真野響子(まやきょうこ) 大久保フク(おおくぼふく) 大久保利通の母。お家騒動に巻き込まれ父は島流し、利通は謹慎処分に なるなか、家を守り抜く。また出世競争に差をつけられる利通を励まし 支え勇気付ける。 |
| 山口祐一郎(やまぐちゆういちろう) 島津久光(しまづひさみつ)(忠教(ただゆき)) 島津家29代当主忠義の父。斉彬の死後、兄の遺志を継ぐために 尚五郎や大久保らを積極的に登用し、明治維新の牽引役となった。 |
| 長門裕之(ながとひろゆき) 島津斉興(しまづなりおき) 島津家27代当主。長男・斉彬の蘭学趣味が、浪費にしか見えず、 なかなか藩主の座を譲ろうとしなかった。 |
| 涼風真世(すずかぜまよ) お由羅(ゆら) 島津斉興の側室。実の息子である忠教(のちの久光)を 次期当主にしたいと強く願っており、斉彬に強烈なライバル心を抱いている。 しかし、久光は斉彬との跡目争いの勝負はさけた。 |
| 平幹二朗(ひらみきじろう) 調所広郷(ずしょひろさと) 島津家の家老。膨大な借金に苦しんでいた薩摩藩の財政を建て直し、 明治維新に薩摩藩が活動するための財政基盤を築く。 |
| 高橋英樹(たかはしひでき) 島津斉彬(しまづなりあきら) 篤姫の養父。島津家28代当主。幕末を代表する名君として名高かった斉彬は、 篤姫のみならず日本全体の運命をも変え、 明治維新の生みの親とも言える。分家の娘に過ぎなかった篤姫に 天賦の才を見出した斉彬は、篤姫を13代将軍・ 家定の御台所(正室)として大奥に送り込むことで幕政に発言力を得ようと企てたのだった。 |